村西とおる生ライブ配信開始
◆ 酒井法子さま、「社長」、ある「母」であった女、矢田亜希子さま、大原麗子さまのことなど・・・2009.8.8

通年でございますとこの時期、いわゆる「ブラジャーの跡が気になる」

この季節は、我がAV業界にとってはかき入れどきでございます。




がここのところ業界に、にわかに暗雲が立ちこめ

商売の雲行きがあやしくなっている

のでございます。




邪魔者、が出現したのでございます。

お上、のことではございません。

「酒井法子さま」のことでございます。




ただでさえご多聞にもれず、不況風にみまわれて「営業不振」

におちいっているAV業界が、「酒井法子さま」のせいで

とどめを刺されかねない瀕死の状態となっている

のでございます。




AVファンの皆様によればヘタなAVやエロ本を見るより

「酒井法子」という名前を目にした方が、何倍も興奮する、

というのでございます。




夕刊紙やスポーツ紙、はたまたNHKのニュース番組で

「酒井法子」という名前を見ただけで「ボッキ」する、

というのですからおだやかではございません。




そんな風聞をききますと、駅売りスタンドで「酒井法子」

と大書きしている夕刊紙やスポーツ紙を購入する

サラリーマン氏たちがいつになく上気し、

ギラギラしているように見えるから不思議でございます。




どうして皆さまはレンタルショップでAVを借りるような鼻イキで

「酒井法子」と書かれている新聞を手にしているのでしょうか。




ことの始まりは「酒井法子さま」の「逃亡」でございます。

「社長」といわれる男性と一緒の「逃避行」という

シチュエーションに、AVファンの皆様の妄想にスイッチが入り

「沸騰」したのでございました。




AVファンの皆様のこのたびの「妄想」とはいかなるストーリー

なのでありましょうか。私めが考えるところのソレは

かくのごときでございます。




亭主の自称プロ・サーファーが警察に連行された後、

「社長」と「酒井法子さま」は一緒の車に乗り込んだ

のでございました。




車を静かに走らせながら「社長」は「酒井法子さま」に

「どこへ行く」とたずねたのでございます。

「酒井法子さま」はもとより、警察官に亭主の後を追って

警察へ行く、気持ちはありませんでした。




そんなことをしたら自分自身もシャブ中であることがバレて

逮捕されてしまう危険があることを、彼女自身が一番知っていました。




「どこか遠くへ連れて行って・・・。」泣きながら

甘えるように「社長」に「お願い」をした

「酒井法子さま」でございました。密閉した車内に、

なんという名前の香水なのでしょうか、

甘く男の芯をうずかせるような魅惑的な臭いが漂いました。




それはいつか運転している「社長」の肩に頭をもたれかけている

「酒井法子さま」の体からはなたれているものでした。

助手席に座る「酒井法子さま」は、ピンク色のミニスカートから

形の良い白い肌のナマ足を無防備に投げだしています。




車の揺れに合わせてそのつど少し開くように見せる

美しい素肌の足が「もうどうになってもかまわない、

これから先のノリピーはあなたのものよ」と誘っていのでした。

「ナマツバ」を飲み込む音を聞かれないように、

「社長」はアクセルを思い切り踏み込みました。




この局面で「ナマツバ」も出ず、アクセルも思い切り踏み込まない

ような「社長」は「男」でなくチンポは切り落とされて

しかるべきであります。




果報者、と全国のノリピーファンにすれば今地球で一番許せない「存在」

がこの「社長」でございます。

これほど集中的に世の中の男の「嫉妬の的」になっている男は

戦後史においてもマレでありましょう。




しかしながら、くやしいかな「社長」が取った態度は

男であれば誰れもが共感できる、納得できる行動でございます。




「逮捕」の暁には「武士の情」でございます、

「社長」さまに対してはここのところの格段のご配慮を、

当局の皆様にお願い申し上げる次第でございます。




「ルビコンの橋を渡った」二人の車は246を抜け

高速道路に入ってひた走ったのでございました。

道は山梨方面へと続いています。




「男と女の逃避行」は1プラス1が2であるごとく、

当然の成り行きを見せるのであります。




水は「最後のこの一杯」が普段のときより

10倍もおいしいのでございました。




白樺林で白樺にほほを寄せて熊やイノシシ顔負けの思い切り

立ちバックを堪能したでありました。

信州の緑濃い清流の流れる河原での騎上位も味わったでありましょう。




「酒井法子さま」は、このときようやくあたり前の「真実」に

目覚めたはずでございました。なにも「覚醒剤」を打たなくとも、

思いを持ってSEXをするならば、こんなにも深く何十回も

感じることができるのだ、ということをでございます。




「いっそのこと、村西監督のモノもいただきたかった」

法子さまの雄叫びが聞こえてくるようでございます。

運転中のおしゃぶりゴックンも複数回楽しんだ筈でございます。




「恩人」の「社長」を道連れにしてしまったことへの

せめてもの「恩返し」にと、「狭い車内」に充満する

ウンコの臭いもものともせず、アナルへの侵入も許したでありましょう。




逃避行を続ける二人にとっては、互いに舞中になって

求め合っている刻だけが救いとなったのでありました。




この期間、日本中でこの二人ほど沢山の回数のSEXをしたカップルは

他に類を見ないほどに、記録的なSEX回数を二人は重ねたのでございます。




ともかくモタモタしていたら、商売あがったりとなるのでございます。

AV業界の敵「酒井法子さま」の逮捕に警察は威信を儲けて、

全力投球していただきたいものでございます。




その昔、彼女が芸能界デビューをして間もない頃に

「酒井法子さま」のビデオを制作販売を手がけたことが

ございます。




当時より彼女の不幸な出自はタブーとされておりました。

噂は父親がヤクザで長き懲役に行っており、母親は・・・

という事実であれば誠に気の毒としか云いようがない

忌わしい幼少時代でございました。




そうした「悲しい運命」に負けずにけなげに生きている「酒井法子さま」

に、プロダクションの関係者は皆真剣に彼女に取り組んでいました。




その頃100名近くのアイドルを撮影しましたが、彼女ほど

スタッフに恵まれた存在はいなかったように思います。




サンミュージックの相澤会長、社長親子の「酒井法子さま」を

一生懸命に育てる熱心さにうたれて、いつしか芸能マスコミも

「酒井法子さま」の出自の過去を暴くことなく封印した

のでありました。




批判のなかでサンミュージックがいち早く捜索願いを出し、

記者会見を開いたのも「酒井法子さま」が「シャブ」や「逮捕」

といった忌まわしい「家族の過去の記憶」にのろわれた、

自からの運命と人生に自暴自棄となり自裁を果たしてしまう

のでは、との危惧したからでございました。




がフタを開けてたらなんと十年以上前からの正真正銘の札つきの

「シャブ中」であったことが判明したのであります。




芸能界屈指の好人物と評される相澤会長、社長親子の落胆は

いかばかりであったでありましょうか。まさしく「酒井法子さま」に

「芸能人生」を心身とも捧げた24年の歳月が水泡に帰した

のでございます。




こんな調子でタレントに奔弄され続けておりますと、

東方神起のプロダクションの「タレントの私生活管理」

の言い分も納得がいくような気がするのでございます。




そして「酒井法子さま」が叫弾されるべき最大の裏切りは

「最愛の10歳の息子」に対してのものでございます。

手前どもも同じ年代の息子を持つ身でございます。




我が女房ドノはAV女優出身という自からの出自のことからでも

あるのでしょう「十歳の息子」のことを我が息子のことのように憐れみ、

身につまされボウダと涙を流して目をハらしております。




「シャブ中」の有名人の両親を持った「10歳の息子」の

悲しみを思うと、日本全国の同年代の子供を持つ親たちは、

それぞれに抱えた事情に思いを馳せて他人事とは思えず、

憐憫の涙を禁じえないのでございます。




それは彼女の出世作であった「星の金貨」を見て視聴者が流した

何倍もの量の涙となっているのでございます。




自分がいつバレるか、いつバレるかと24年間、宿阿のごとく背負い

続けてきた「肉親の罪」を自からが再び犯してしまった罪の重さを

「酒井法子さま」は、どう背負って生きていくのでしょうか。




相澤会長、社長親子の情けを「世の中はチョロイ」と舐めて

たばかった天の裁きは、かくのごときも重きものとなりました。

絶対の信頼を裏切った者の、払うべき対価の大なることを思い知るべきであります。




「酒井法子さま」に同情できることもございます。

忌しき肉親を持った出自を考えれば、おのずと結婚相手は限られた

ものでした。相手がニセ・プロサーファーの「口ポカン」の阿呆でも、

経済的に豊かであることを条件に折り合いをつけたことは責められる

ことではありませんでした。




かくなる上は、このたびの事件発覚は僥倖と受けとめるべきでございます。

「シャブ中」の体を徹底的に鍛え直し、真人間になって

晴れて「優しい母」と生まれ変わり平和な家族三人の日々を歩む日が来ることを

祈るものでございます。





一人の「母」であった「A女」を思い出します。




いまから十数年前のことでございます。

関西を中心として毎週一時間の当方が司会を務める

テレビの「お色気番組」をやっておりました。




ありがたいことにたいへんな人気を博しまして、

関西では番組のその放送時間は約半数の人間が観ている、

と言われるほどに大好評なのでございました。




その番組の中の人気のコーナーに「駅弁競争」というもの

がございました。視聴者代表の男性氏が水着姿のアイドルを

駅弁スタイルで抱き上げ、深夜の大阪の繁華街を疾走する。

という内容でございます。




水着姿で登場する何人かのアイドルのなかに「A女」がいたのでございます。

彼女はスタイルが抜群で水着が必要とされるそのコーナーには

うってつけの「素材」でございましたが、

「A女」の魅力はなんといってもその「天真爛漫な朗らかさ」に

ございました。




視聴者代表といっても男でございますし、こうした番組に

出演を希望してくるぐらいでございますから根は皆スケベで

ございます。




駅弁スタイルで抱き上げる、のは視聴者代表の方は普段着のズボンをはいたまま

でございますから別に問題はなかったのでございますが、

指でイタズラをする不将な輩がたまに出現したのでございました。




アイドルを駅弁の抱えたままのポーズをとりながら、

カメラから見えない位置で指をパンツの中に侵入させる不将者が

いるのでございました。




それも一本で足らず三本一緒にという「不心得者」に出喰わす

ことがあるのでございます。




そんなときアイドルは悲鳴を上げて身をよじり、駅弁から落下して

NGを出す、となるのでありましたが「A女」はあわてず騒がず、

いかなる本数の指が侵入しようとも笑顔を絶やさず

視聴者代表氏の首に手を廻して続けるのでございました。




番組の企画上、撮影は一発勝負でございます。

何回もNGを出しておりますと見物人が沢山集まってきて終始が

つかなくなり撮影できなくなります。ゲリラ的な一発勝負、

の盗すみ撮りが命、なのでございました。




そんな状況下での「A女」の決してNGを出さない「笑顔の演技」

は企画の生命線となったのでありました。




何回か放送回数を重ねてまいりますと視聴者の皆さまからも、

動ずることなく笑顔を絶やさない彼女は多くのファンの支持を

いただくようになりました。




彼女の体当たりでいどむ演技への真摯な姿勢が、

視聴者の皆さまの心を握んだのであります。

番組あてに彼女への沢山のファンレターが届くようになりました。




そのファンレターの束を東京に戻るつどに、知り合いの出版社

の編集者やプロモーションのビデオメーカーの担当者に見せてました。

与えられた仕事に一切の不平を言わず、

真面目に真剣に取り組む「A女」に好感を持ちました。

出来るだけ力になってやりたい、と考えました。




「番組内で宣伝に協力し、プロモーションもする」ことを

条件に大手の出版社と東京のキー局系のビデオメーカーの間で

彼女の「写真集」と「プロモ・ビデオ」制作の契約を結ぶこと

ができました。アイドルからスターへの「登龍門」の道が

開かれたのでございます。




彼女の出身は北海道でした。北海道から「スター」になることを夢みて

誰れ一人として頼る人とていない東京に一人で出て来て半年、

ようやく幸運を握んだのでございます。

彼女は撮影のない日は風俗店でのアルバイトをしていました。




その日「北海道の家族にこのことを知らせに帰へってきます」

と目を輝かせて私の事務所に挨拶にきたのが、彼女と会った最後

となりました。




冬の季節でした。札幌では雪祭りの季節です。彼女と会って

四、五日経った日の朝でございます。TVのワイドショーを

見ていると突然「A女」の顔が画面いっぱいに

映し出されました。




「モデル、五歳の息子殺しで逮捕される」

とのテロップが映し出されていました。

「・・・・!?」なんでだろー、でございます。

電話が鳴りました。




電話の相手は、彼女を札幌でスカウトして東京に連れてきて

所属するプロダクションの社長でした。

「監督、大変なことになりました」

社長の声は完全にうわずっていました。




「うん、今、俺もテレビを見ている」口から出た言葉は

社長の倍のビブラートとなっていました。




それから二、三日のうちに報道やプロダクションの社長に

よってもたらされた、事件のあらましはこうでした。




年齢は21歳とプロダクションの社長から知らされていた

「A女」の実年齢は27歳でした。

初対面のとき21歳と聞かされたときは、「嘘だろう」と疑っていました。

多分三つ位いはサバを読んでいるだろう、と見ていましたが6歳上とは意外でした。




18歳のとき結婚し5歳の息子がいた、こともこのとき初めて知りました。

相手の男は同じ年のトラックの運転手でした。一年前に協議離婚していました。




原因は何であったのでしょうか。明らかではありません。

離婚してから半年もたたないうちに単身タレントを目指して

彼女は上京してきていました。




彼女の大胆な無謀ともいえるその行動力の源泉は、

どこから来ていたものなのでしょうか。




彼女には身内がありませんでした。幼いときに両親と死別して、

母の妹に引き取られ中学を卒業しました。

高校には行っていませんでした。

子供の頃から芸能界にアコガレていました。




天涯孤独の身の上の自分が幸福になるのは芸能界でスターになる道しかない、

と子供の頃から心に誓っていました。




そして離婚して半年後、札幌の街角でスカウトに

来ていたプロダクションの社長に偶然にも声をかけられ、

話に乗って上京したのでした。




彼女が東京に来て仕事をしている間、

五歳の息子はどうしていたのでしょうか。




彼女が月決めで借りて住んでいたビジネスホテルの

室の中で彼女の帰へりを、一週間も、時には10日間も

一人でジッと待っていたのでありました。




食料品はその期間に必要とするものは十分に買い与えて

ありましたから、飢える心配はありませんでした。




そして五歳の息子氏に携帯電話を持たせて

日に何度も電話で話し、あやしていました。




そして彼女はそうした事情はオクビにも出さず、

明るい「21歳のキャンギャル」を演じ切っていたのです。




以前プロダクションの社長が「A女」は札幌のオバの経営する

美容室チェーンのカットモデルの仕事をしているので、

月に何回かは北海道に帰らなければならないんです、

と言っていたことがありましたが、

真相は五歳の息子に会うための札幌行きでありました。




何故「A女」は「愛してやまなかった五歳の息子」を

殺害したのでありましょうか。




夢にまで見たスターの道が目の前に開きかけ、

この子供さえいなければと思い詰め手にかけてしまったのでしょうか。




五歳の息子は野良犬に全身を喰いちぎられた「無惨な姿」で発見

されました。「A女」は寝ている子供を自分の手で絞め殺した後、

その「亡きがら」を子供の父親である別かれた男の家の前に

捨てたのでした。




季節は札幌の雪祭りでございます。

北海道では一番寒い時季でございます。




本来ならば「亡きがら」は寒さのなか、ガチガチとなってそのまま

朝を迎えた筈でございます。飢えた野良犬が横行していました。

格好の獲物となって「亡きがら」は喰いつくされたのでございます。

痛ましさに、言葉が見つかりません。




「A女」が何故「亡きがら」を自からの犯行を認めるがごとくに、

別れた亭主の家の前に捨てたのか「謎」でございます。




そもそも自からがスターになる為の邪魔と考えて殺害したのなら、

どうして犯人としてすぐ逮捕されるような仕末の仕方をしたのでありましょうか。

「謎」でございます。




一度拘置所に面会に行ってみよう、とも考えましたが止めにしました。

囚らわれ人でいる姿を私に見られることで、

「A女」が深く傷つくと思ったからです。




「A女」のことを想い出すたびに、

五歳で天に召された彼女の息子のことを思い胸が痛みます。

「父」と「母」に愛されることなく、

天に召された幼な児の無念はいかばかりであったでしょうか。




めぐり合わせとはいえ、いたずらに夢を与えてしまった自分の罪を思い

「おじさんを許してね」と「亡き少年」に心の中で手を合わせます。




彼女を単純に「愚か者」と断罪することが私には出来ません。




彼女に科された刑の重さは知りません。もうあれから十数年経ちました。

多分いまごろは出所してシャバでの生活を送っられているかも知れません。




背負った十字架の意味と重さに彼女は

どのように耐え生きているのでしょうか。




力になれなかったことを「許して下さい」

と、いま彼女にも謝りたい気持です。




「酒井法子さま」には、あなたさまの「雲隠れ」は

本当の「子供殺し」になってしまいかねないことに覚醒されて、

一日も早い「自首」をお願いしたいのでございます。




矢田亜希子さまは離婚届けを出されて、焼太り、を狙われておるようでございます。

元ヤンキーもこの度は世間を舐めた世渡りをすると、

いかなるシッペ返しをこうむるか、よくよく承知された

ことでありましょう。




夫がクスリで捕まれば妻もクスリをやっている、

は「この世界」の「常識」でございます。世間はこの先ずーっ

とあなた様を「ヤク中の片割れ」と見るでありましょう。




子供を悲しませる母を見るのはこれ以上沢山でございます。

心して、いただきたいものでございます。




大原麗子さまが東映専属女優として華々しく

デビューを飾った時代の頃の話でございます。

当時、各映画会社で出す正月恒例のカレンダーは、

一大イベントでございました。




誰れそれが何月号を飾る、の先陣争いは、

スターにとってはカナエの軽重を問われる、

決して軽く見すごすことの出来ない、

意地とプライドを賭けた「大きな意味」を持つものでした。




大原麗子さま本人にとっても、その年のカレンダーは

これからの自分の将来がかかった一大事でございました。




しかし大原麗子さまは「新人女優」でございます。

将来東映をしょって立つ期待の新人女優ともてはやされていても、

新人ゆえの悲しさでございます。




お正月のカレンダー撮影用に着る豪華な着物を用意することができないのでした。

会社側の東映は気をきかして衣装さんに手配し「お正月用の晴れ着」を用意しました。

「仮衣装」でございます。




しかし大原麗子さまはこれが気に入りませんでした。

若手女優として張り合っていた小川知子や加賀まりこには絶対に負けたくない、

彼女たちには用意できない高価な着物を着て、

撮影当日本番にのぞんで目にもの見せてやる、と彼女は闘争心を燃やしておりました。

高価な着物代を捻出するために何日も前から彼女は奔走していました。




もとはといえば彼女は平凡なサラリーマンの家の出でございます。

いかに実家に頼みこんでみても当時の金で家一軒が建とうかという大金を

サラリーマンの実家では用意することは出きませんでした。




親戚中に頼み込んでみても駄目でした。

金策のホコ先はそのころ同棲していた

同じ東映の若手俳優氏に向けられました。




「私を愛しているのなら、なんとか着物のお金を工面して頂戴」

と彼女は強引に若手俳優氏に迫るのでした。

「会社が恥しくない仮衣装を用意してくれるというのだからそれでいいのじゃないか」




と若手俳優氏が説得を試みても、彼女はガンとして受け入れることをしないのでした。

若手俳優氏と大原麗子さまとの「諍い」は撮影の当日の朝の2時まで続きました。




「とうしてもあなたが私の為に、お金を工面できない

というのなら、私にも考えがある」との捨てゼリフを残して、

同棲していたアパートの室から真夜中に体一つで彼女は飛び出して行きました。




翌朝十一時の撮影開始の集合時間に若手俳優氏も行きました。

どうせ彼女は観念してあきらめ、仮衣装を着てやってくるだろう、

と若手俳優氏はタカをくっていました。




があにはからんや、大原麗子さまは、周囲の誰れもが

アッと驚くようなケンラン豪華な見事な晴れ着を身にまとって

現われたのでございました。




あの夜中の2時から8時間の間に彼女はどこのどなたさまに

頼み込んでこれほどの高価な晴れ着を手に入れたのでありましょうか。

呆然としながらも若手俳優氏は氏を完全に無視して

何事もなかったように艶然として微笑を周囲に見せながら、

舞うようにあでやかに立ち振るまう大原麗子さまの

「魔性」におののいたものでございます。




当然のごとくその日以後、大原麗子さまは若手俳優氏

のもとへは二度と帰って来ることはありませんでした。




大原麗子さまは以前インタビューを受けて、

自からのことをこう語っています。




「私は女優だから、というわけじゃなく、

自分らしく生きたいだけなんです。

自分の限界などないと思っています。

だから突き進んでいくだけなんです」




最後は悲しい孤独死でありましたが、

いなせな男前の最も女優らしい女優であったその人の生涯に、

「合掌」でございます・・・・。



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