村西とおる生ライブ配信開始
◆ さよなら朝青龍関、こんにちは小柳ルミ子さま・・・・2010.2.6

息子が「パパ早く!!」

と大きな声で叫んでいます。




しかし、どうしたことでしょう、

いくら押してもカメラのシャッターが切れないのです。

「パパ!!」

と息子の悲鳴にも似た声が飛んできます。




息子にとってみればアコガレていた横綱朝青龍関と

念願の2ショット写真を撮ってもらえる「瞬間」なのであります。




その「晴れ舞台」で、眼の前のオヤジが構えたカメラの

シャッターを押せずにウロタエているので

ございます。




息子としてはいたたまれない思いとなっていたのでありましょう。

「パパ!!」

と叫ぶその声はもはや涙声となっています。




父親の沽券にかけても

なんとしても

カメラのシャッターを押さなければならない。




必死になってシャッターを押し続けましたが、

無情にもカメラのシャッターはウンともスンともいわず

無反応であり続けました。

「どうしちまったんだ」

懸命になってカメラをチェックしました。

額に汗が吹き出してきます。




フラッシュのチャージランプが赤く点滅しています。

チャージが完了すればシャッターが押せるようになります。

もう少しです。




「すみません、すみません、横綱、いますぐ撮り終えますから」と

ペコリペコリと横綱に向かって頭を下げました。

横綱は紋付き袴の正装姿で息子の隣に並んで立って

コチラを向いています。

横綱は笑顔を見せて黙ってうなずきました。




モタモタは30秒は続いたでしょうか。

永遠にも思える長い時間でした。

私の後ろには

2ショット撮影の順番待ちの行列が長く延びています。




「それじゃ次の順番の人」

と声がかかってもおかしくない状況でした。

横綱が笑顔を見せてくれていたことで時間が稼げ救われました。

もう少し、カメラを構え続けるチャンスを与えられました。




横綱が傍に立つ息子の肩を自分の方にグイッと抱き寄せたその瞬間、

シャッター音が「カチャリ」と鳴ってフラッシュの光が放たれました。

それまで数百万回シャッターを切ってまいりましたが、

あのときほど感激した「シャッターの一押し」

の瞬間はありませんでした。




五年前、息子がまだ小学生だった頃、

横綱朝青龍関の「優勝祝賀会」での一コマでございます。

あの時撮った写真は今、

半畳大の大きさに引き延ばされて息子の室に飾ってあります。




息子にとっては横綱と一緒に横に並んで撮った

あの写真は特別なものとなりました。

「自分は横綱と一緒に写真を撮ったことがある」

という事実が彼に思いのほかの「自信」を与えてくれたようでした。




友達関係や勉強でおちこんだとき、

写真を見ると元気が出るんだ、

と息子が言ったことがありました。

朝青龍関には今でも感謝しています。

あのとき横綱が寛容に笑顔でいってくれたから

息子の「宝物」をものにできたのでございます。




父親としての面子を失なわずに済んだ

「一宿一飯の恩義」は生涯忘れるものでございません。

朝青龍のこれから先の人生が輝くものであって欲しい、

と祈っています。




ただ酒グセの悪さ、だけにはくれぐれも

お気をつけいただきたいものと願うのでございます。




クセの悪さ、といってもタイガーウッズの

「女グセの悪さ」などにはまだ救いがあります。

「セックス依存症」

それによって恩恵を受けている姫君が沢山いるからです。




体が壊れるぐらいにシたい、

と願っている姫君には

やってもやってもやりあきないタイガーウッズは

「天よりの使者」にも見えているので

ございます。




そのスペルマのタレ流れる蛇口に口を寄せてススルことができるなら

いつ死んでもいい、という迷える子羊が少なくありません。

タイガーの奥方にとっては迷惑なことでも、

幾千万の世界の姫君にとっては「救世主」のような存在、

となっているのがタイガーウッズの「女グセの悪さ」

なのでございます。




タイガーウッズのブラックシャフトに

ムチャクチャに突かれて昇天する、

というオナニーの刻のイマジネーションが

決して絵空事ではないことを知らしめてくれたことは、

オナニーライフを楽しまれている世の姫君に

どれほどの功徳を施されることになったか、

はかり知れないのです。




タイガーの近いうちの復帰が噂されています。

これまでゴルフなんてご亭主の遊び、

見向きもしなかった奥方ですが

これから先は違います。




テレビ中継の際

グリーン上でタイガーがジーッとライン読んでいる眼線の先に、

自からの19番ホールをご開帳なされて

テレビ画面にコスリつけられる「穴入れられ好き」のご婦人の誕生を

沢山見ることとなるでありましょう。




世の中のご婦人はチンポ立ちばなし、

のナイスアスリートを見て見ない振りができるほど

我慢強くはないのでございます。

空前のゴルフブームが巻き起こることは必死であります。




まさにケガの功名ならぬ

「ど助平の功名」となるものでございます。




かくのごとく人間の「クセの悪さ」にも

大向こうから「待ってました大統領!!!」

と声の喝采のかかる「クセの悪さ」があるのでございますが

「酒グセの悪さ」にはそれが一切ございません。




暴力暴言のはての刀傷沙汰から轢き逃げに至るまで

「酒グゼの悪さ」ほどハタ迷惑なことはないのでございます。

まるで小沢一郎のように、

でございます。




その昔、当方も「酒グセの悪さ」においては相当のものが

ございました。




酒を飲む、などというナマやさしいものではありませんでした。

浴びるほどに飲んでいました。

飲めば決まって朝までのご前さまでございました。

あのことこのことを思い出しますと

いまだおぞましい行状の数々が思いだされて身震いが致します。





25年前、ハワイで逮捕されて裁判が始まり

懲役三百七十年を求刑されるに至りました。

「神さま、好きなタバコと酒を止めますから、

生きて日本に帰らせて下さい」

と手を合わせました。




「オマ○コ」を止めます、

と祈らなかったところが

私の尋常でないところでございます。




そのかいあって無事日本に帰還しました。

もしあのまま酒をあびるほど飲む習慣を

変えることが出来なかったら、

多分いま頃はあの世に行っていたのではなかったか、

と確信できます。




酒は「キチガイ水」といいます。

酒が性質に合わない人間にとってはまさしく酒は

「キチガイ水」となります。




あの男がいま生きていれば余程の活躍をしていたのではないか、

とその早逝が惜しまれる人がいます。

それらの人はことごとく酒で体を壊して亡くなられた人でした。




酒は心にとってはかけがえのないリラックス効果の効用

というものは確にあると思います。




我が女房ドノのように

「酒でも飲まなきゃやってられない」

という境遇を生きている方もおられます。




しかし酒が入ると「気が狂う」という性質の人間は

断固として「酒を断つ」べきであります。

朝青龍はこのまま酒を飲み続ければ

間違いなくとんでもない事件を巻き起こすか、

巻き込まれるかのどっちにしても

「悲惨」な目にあることになりましょう。

OJシンプソンの境遇に学ぶべきでございます。




「粗暴」を個性的生き方として選ばれるのはキケンすぎます。

あの力道山でさえ刺し殺されたように、

世の中にはもっと狂った人間はいくらでもいるのでございますから。




「横綱の品格」などと言いましても朝青龍にとってみれば

「なんのことか」最後まで分からなかったでありましょう。

遠く親元を離れ日本に来てからの大相撲の日々で学んだことは

「勝つことがすべて」の「強者の哲学」でありました。




「実のるほど頭をたれる稲穂かな」

の美学を身につけようにも「見本」となるべき「人格」は

行方知れずでかなわなかったのであります。




親方の高砂をご覧遊ばせ。

すべてにおいてアンポンタンのただの大飯喰デブであります。

銭のためなら弟子にハリ倒されても無かったことにできる、

プライドを捨てた狡猾な守銭奴、

という高砂親方への朝青龍関の評価が今日の残念な結果を招いた

といっていいのであります。




「品格のある横綱」あるいは相撲取り、

などと言う評論家やマスコミ人がおります。

ならはご質問申し上げたい、

そんな相撲取りがいつの時代にいたのか、

誰れのことなのでしょうかと。

(白鵬には期待しているのですが・・・)




年寄りの名跡を得るためには

二億とも三億ともの「大金」が必要とされております。

それらの金は全部脱税で集められたものです。

なぜならそんな大金は逆立ちしたって

給与と懸賞金だけで貯めれる金ではないからです。




それはすべて「ゴッつあんです」とひいき筋の

タニマチからの恵んでいただいた「お米」であります。

税務申告など誰れもしてこなかった「違法」な金です。

脱税をしないで相撲協会の「年寄」になったものなど

一人もおりません。日本一の脱税集団、

それが日本相撲協会なのであります。




「国技」などとはどこかのマスコミ人が勝手に付けた

「称号」であります。実態は冗談も休み休み言えの話

でございます。




彼等相撲取りや相撲界の人間は付き合ってみると分かることですが、

実に礼儀知らずが多いのに驚かされます。

何をしてやっても「感謝」の気持ちを持つことがありません。

やってもらうのがあたりまえの

「男芸者根性」が身に染みついているのです。




ひいき筋が一相撲取りを連れだすと、

横綱は100万、大関80万関脇50万平幕は30万が相場

といわれております。




オマ○コをさせていただけるわけでもないのに

たいへんな「相場」でございます。

でもヤクザや見栄張りの金満家にとっては

「大物ぶる」のにはもってこいの

アクセサリーとなっているようであります。

この不況下でも需要は絶えることはありません。




ある相撲取りに「相談」がある、

といわれてメシを一緒に喰ったら、帰りに

「お車代」と手を出されたことがありました。

相談をしてきたのは先方なのに、

であります。




どこまでいっても「男芸者根性」だから常識を知らずに

平気で手を出してくる無礼を働ける

のでございます。




タニマチは社会の無法者、

あるいは人に顰蹙を買っても恥としない下品な人達、

親方衆はこぞって銭勘定上手の脱税集団、とあっては

どこで「品格」を学ぶチャンスがあるというのでありましょうか。




安治川親方の出現には実に感動いたしました、

まさに「はきだめに鶴」「黒鳥の湖に白鳥一羽」

の趣きでありました。涙が出ました。




「親方様は貸り株です」は「脱税はしていません」の証明でありました。

「責任を取って相撲協会から身をひきます」

まったくもって鮮やかな身の処し方でございます。

いまどき珍しいこんな青年の為に「年寄株」を買い求めて与えたい、

と本気で思いました。




たった一人の勇気ある無心の行為によってその集団が救われる、

ことがあることを歴史は教えてくれています。

相撲界にとっては安治川親方は

坂本龍馬であり東郷元帥となりました。




必ずしもデブの集まりの八百長脱税痴呆集団

というわけではないかも知れない、

との考えを持てただけで相撲ファンにとって

宇治川親方の存在は救いとなりました。




小沢一郎は「銀バエ」でございます。

国民の皆さまは当分の間ご飯の上にたかった

「銀バエ」を我慢しながらの食生活を送らねばならなくなりました。




片や自民党は「腐ったステーキ」でございます。

もう懲りごり、臭いをかぐどころか見ることさえもご免こうむりたい、

となってございます。




「目クソ鼻クソを笑う」と申します。

目クソの自民党にこれから先の小沢一郎氏の追求は

金輪際無理でございましょう。

目クソの分際であっては鼻クソの「悪」が本当のところ分からない

のでございます。




追求すれば追求するほど

それは自分のことと思われて怒りが湧くどころか、

脱力感に襲われて悲しくなってしまうのではないでしょうか。

あとは「検察審査会」の判断に期待するのみ、

でございます。




新潟の土建屋の金持ち、福田組の娘と結婚したことが

小沢一郎の政治家人生のつまづきのはじまりでした。

その大志は、しこたま金を稼いで奥方の鼻を明かしてやりたい、

に注がれたのであります。




いかに金を貯くわえて「一人前の亭主」として奥方に認めてもらうかが、

政治家人生の目的となりました。

「金の亡者」が小沢一郎の実相であります。

政治家としてのもっともらしい発言は、

その本性を湖塗するための方便にしかすぎなかったのであります。

小沢一郎の人生の終着点は「罪人」としてのものとなりましょう。




金と権力に取りつかれたモンスターとなった小沢一郎と三人の息子

との間には乖離が生まれただ今は没交渉となり、

奥方との間でも家族内別居をするに至っています。

あたたかく迎えて来れる家人もおらず、

一人居酒屋で一杯の淋しい日々であります。




墓の中であれほど寝ても覚めても気にかけていた奥方に

満足に墓参りにも来てもらえぬミジメさを味わうのです。

「インチキでまかり通す人生を生きることはできない」

この言葉の真実を小沢一郎はその唾棄すべき人生をもって

証明することになるでありましょう。




小沢不起訴を受けて鈴木宗男氏やホリエモン、

三井元検事、や佐藤栄佐久元福島県知事などは

「鬼のクビ」でも取ったようにハシャイでおりますが、

悪フザケはいいかげんにしてもらいたいもの

でございます。




お前さん達はいずれにせよ「有罪」

であることに違いないのだから、

でございます。




ジャーナリストの大谷昭宏氏などは

「小沢対検察官僚国家の戦い」との

「デッチ上げ」話で意気ようようなのでございます。

第一にアナタさまは人前に出るマナーに著しく欠けています。

そのお手入れ不足の見苦しい出ッ歯を矯正なされた後、

テレビ等に出演されてのご発言をなさって下さいませ。




あの出ッ歯を見ているとクリトリスを噛まれそうで怖い、

との苦情が寄せられております。

第二に「小沢」の悪を追求してきたのは検察でなく

週刊現代であった、ということです。




いま最も叫弾すべきはその「検察」なのでございます。

何年も前から20数億の不記載の金の所在を知りながら、

何故もっと早く徹底的に捜査をやらなかったのか、

と厳しく問われなければならないのです。




週刊現代等における激しい調査報道をうけて

検察はようやく重い腰を上げたのであります。

大谷昭宏氏の「小沢対検察官僚国家」の言動はその不揃いの出ッ歯と同じく

「噛みすぎ」なのでございます。




江副浩正氏が書かれたリクルートの出版書籍を

しきりに引き合いに出して「小沢事件の検察批判」を

繰り返すのでおりますが、我田引水が目に余ります。

あげくの果ては「足利事件」まで持ち出しての迷走ぶりでございます。

商売上手の「冤罪ヒーロー」の佐藤弁護士の領域まで踏み込んでの

小判鮫には辟易させられます。




いかなる魂胆からか、

その歯医者嫌いのサネ噛み出ッ歯の容貌と合いまって

小沢擁護はいただけません。

民主党は「リーク報道」の批判をしました。




アメリカ第3代大統領トーマス・ジェファーソンは

「新聞のない政府、

政府のない新聞のいずれを選べと言われれば、

私は躊躇なく後者を選ぶ」

と述べました。




新聞とは現代においてはマスコミ全般のことであります。

権力は絶対的に腐敗する、

その腐敗する権力をただす唯一の力は

マスコミにあります。

マスコミの力が失われたとき

私達の民主主義は崩壊するのであります。




こうした見地から「マスコミの重要性」をジェファーソンは

政府より最も重きものと位置づけたのであります。

民主党の小沢シンパと同調するかのように

絶対権力者の小沢を擁護し検察とリーク報道のマスコミを批判して

はばからない大谷昭宏氏というタワケモノにヘドの出る思いでございます。




こぞって「男を下げる」ニッポン男子のなかにあって

「女を上げた」姫がサッソウと登場しました。

ご存知、小柳ルミ子さまでございます。




60歳を目前にして4歳年上の

「金持ちオヤジ」のパトロンを手に入れております。

「金持ちオヤジ」は勿論妻子ある身、

でございますがルミ子さまにとっては

そんな他人さまの「家庭事情」などどうでもいいことで

ございます。




生きる権利があります。

「金持ちオヤジ」をトリコにして貢せる権利が

あるのでございます。




女房にしろ、籍を入れろなどという

小娘のような欲張った気持ちはサラサラございません。

とにもかくにも金を貢いでくれればそれでいいのでございます。

目あては「愛」でなくて金、ハッキリとしております。

報道によればルミ子さまは普段から「男は金」

を口癖とされていたそうでございます。

「男は金玉」はその次となっているのでございます。

まずは玉抜きで「金」なのでございます。

正直者、でございます。




嘘をつきたくないのだと思います。

60近くになって「人生で一番大切なもの」

に目覚められたのでございます。




いいえ、目覚めていたのはとっくの昔、

芸能界に入ったときからでございます。

「金しかない」と「金がすべてだ」とハッキリと覚醒されていた

のでございます。

生涯をかけて確信となったもの、は揺るがないのでございます。

金になるならなんでもする、

ことが出来るのでございます。




つかまえた「金持オヤジ」は葬儀屋でございます。

職業は「死人相手」生きた人間に金を出すことに馴れておりません。

馴れておらない、というより「死人相手」の商売柄、

ケチなのでございます。




「死人相手」の商売をしておりますと、

本来ならばあの世に何も持っていけないことを

日常的に知る立場にいるのでございますから、

かえって大判振る舞いの気前の良い人間となるように

見受けられますが現実は逆でございます。

葬儀屋稼業の皆さまには実にケチが多いのでございます。




「死人相手」の仕事をして苦労して手にした金、

という思いが無駄遣いを抑制させて

倹約家にしてしまっているのであります。




「金はあるけどケチ」

その典型的なのが葬儀屋の社長なのでございます。

小柳ルミ子さまはその社長をクドいて貢がせたので

ございます。




金額の多寡以前にその「構図」は見事といえるものでございます。

「ケチの権化」の葬儀屋の社長の財布に手を入れている

ルミ子さまのお姿が感動的なのでございます。




芸能界に生きた女はいつまでたっても

オマ○コで勝負することを忘れることがないものだ、

と業界関係者の間では感嘆の声しきり、

でございます。




ルミ子さまは報道によれば葬儀屋の社長から

ブランドバックを手に入れたそうでございます。

どんな甘えん坊を云ってバックをねだったのでありましょうか。

「バックが欲しい」

と言ったのではあざとすぎ、でございます。




「スターのクセにバックが欲しいなんて」

とお里を勘ぐられてしまいます。

ゲーム感覚でバックをおねだりしたのだと推察します。

思い切りバックのポーズをとって

アナルをこれ見よがしにヒクヒクさせ

「おしさしぶりね」と歌うように言ったのでありましょう。




葬儀屋の社長は60を過ぎております。

「何がおしさしぶりねなの」などと

寝ボケたセリフを吐くことはなかった筈であります。




さすれば、と問答無用に歯槽膿漏の唾液を

タップリとルミ子さまのウンコの穴に塗り

「ズブリ」とそのチンポを入れこんだのであります。

浅く弱く、弱く浅くの出し入れがしばらく続いて、

そのピストン活動は膣に出し入れを行っているのと比べて

遜色のないものになったのでありました。




ルミ子さまがアナルFUCKに誘った深いメッセージと

その意味をこのとき葬儀屋の社長は未だ知ることはありませんでした。

動く付度に「バックが好き」と

ルミ子さまは叫び続けらました。




アナルとチンポが結ばれて

「バックが好き、バックが好き」

と姫君に叫ばれ続けますと男なるもの、

ついつい増上慢となって軽口の一つも

叩いてしまうキライがございます。




「バックが好きって、シャネルがルイヴィトンか」

葬儀屋の社長が気のきいた冗談のつもりで

吐いた言葉が命取りとなりました。

ルミ子さまは手練れの者、

でございます。




「どっちも好き!!」

すかさず叫ばれたのでございました。

さすれば葬儀屋の社長、

自からの掘った穴に入らなければ

「男が立たない」状況となって数日後、

めでたくクルミ子さまのもとへプレゼントのバックが

二つ届けられたのでございます。




いつだってあれば冗談よ、

と言いつくろうことができる逃げ道をつくった上で

男のプライドをくすぐり貢がせる、

誠に賢い貢がせのテクニックを

ルミ子さまは秘匿されているのでありました。




「ケチには直接的なオネダリを言うと逃げられる」

この鉄則をルミ子さまは十分ご承知なされて

葬儀屋の社長に貢がせているのでございます。




最初のきっかけ、からしてがそうでした。

参加したゴルフコンペが葬儀屋の社長との最初の出会いでした。

報道によれば二次会の麻雀大会がきっかけで

二人は親しくなったそうでございます。




ルミ子さまは社長の耳元で

「今度いいマッサージと体操を教えるから」

と囁かれたといいます。




それは「オマ○コやらせるからお金頂戴」

の大人の謎かけなのでございますが、

あからさまに言っては艶ケシでございます。




知っていながら知らないそぶり、で後日、

日を改めてルミ子さまのマッサージの施しを受ける機会を

葬儀屋の社長はもったのでございました。




男の体のどこをどう押せばオマ○コをやりたがる、

はアダム徳川の教えがなくても

SEXの経験を積んだ女であれば

誰れでも身についている知識でございます。

それを的を絞った相手に出すか、出さないか

だけの話でございます。




ルミ子さまは「必殺のテクニック」を行使されました。

荻野目慶子さまが深作欣二監督を「オとした」

あの禁断のマッサージテクニックを、

でございます。




深作監督と同じく葬儀屋の社長が獣となって

ルミ子さまの体の上に馬乗りとなるまでには

十分ほどの時間で足りております。

果たしてルミ子さまは

最後の黒いレースのTバックパンツを社長にはぎ取られるとき

「いくらくれる」との値段の交渉をしたでありましょうか。



否、でございます。

「いくら」だとか「買って」だとか「くれる」だとかの

ハシタ無い言葉は一切発せられなかったのであります。

言葉はただ獣となった社長の獣ぶりが一分でも長くつづくよう、

それを鼓舞するセリフで色彩られただけであります。




白く「恥しい」「凄い大きい」「堅い」「こんなの初めて」

「何回もイッチゃう」「本気で好きになっちゃいそう」

エトセトラ・・・・




ルミ子さまは自信がありました。自分とオマ○コしたら、

男は誰れでももう病みつきになってしまう、

との不滅の自信を持たれていたのであります。

だからよけいな条件闘争のような言葉を

言うことがありませんでした。




葬儀屋の社長はこれまで喰べたことのない

ウマイものを喰べてしまわれました。

それは男であれば誰れでもが「命とり」となってしまうほどの

「味」であったのでございます。




特に騎上位になったときのルミ子さまの動きの味の「絶品」さは

筆舌に尽くしがたきほどの思いがあったのでございます。

その思いが900万円のベンツをプレゼントする、

という形になって現れました。

タワー億ションのプレゼントととなって現われております。




オマ○コの力で勝負ができる、

は女性としての究極の魅力のあかし

でございます。




「死人」で稼いで「生きた人間に使う」

本来の金の使い方を葬儀屋の社長に教えられてもいるのですから、

たいしたものでございます。




ルミ子さまはもうそろそろ閉経のお年頃でございましょうか。

女性は閉経したら終わりだ、

と思い込まれている世の60歳過ぎの女性にとって、

ルミ子さまのSEX行状はまことにもって福音となるもの

でございます。




女性は閉経してから先が凄いのです。

どれだけ生ハメしても妊娠しない、は

いくら転んでもケガをしない体を手に入れた

スキージャンパーのようなものでございます。

飛ぶ、はねる、回転する、縦横無尽のアクロバティックなSEXは

「よくぞ女に生まれけり」の極まり、といえるものです。




SEX上手であれば生涯喰うには困らない、

自分も楽しみ相手も楽しませることの出来るは歌ばかりじゃない、

SEXだって同じなのだ、というルミ子さまの生き方は、

60歳すぎの女性にとってはまことに素晴らしきことで

ございます。




果たしてムラニシお前の妄想には程がある、

とお叱りを受けることになるのでありましょうか。

お笑いいだいても結構でございます。

が私めはルミ子さまに代わって

声を大にして申し上げるのでございます。




姫君はいくつになっても女を捨てずに、

シワもタルミも気にすることなくひたすら

オマ○コ力を磨き、寝た男を虜にすることが、

最も有効なセーフティーネットとなるのです、と。

大谷昭宏氏は小沢一郎から講演料として1回50万円をもらっています。
総務省発表の小沢の政治団体の収支報告書に記載されています。
http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin/contents/000025226.pdf
口先一発屋コメンター稼業の大谷昭宏氏は口元を縫うべきであります。




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